賃上げ下手が生産性低迷の元凶か 海外との比較から見える日本の課題

ニセモノ経済新聞 社説:2025年6月13日

 

海外の賃金水準が高すぎる可能性も

日本の生産性が低い。この指摘は長年、経済界や学術界で繰り返されてきた。近年、興味深い仮説が浮上している。日本の生産性低迷の原因は、企業が賃上げに消極的である「賃上げ下手」に起因するというのだ。この説は、労働者のモチベーションやスキル向上への投資不足が、生産性の停滞を招いていると主張する。確かに、日本の大企業は内部留保を厚く積み上げ、株主還元を優先する一方、従業員への賃金還元は控えめだ。2024年の春闘で一部企業が大幅な賃上げを実施したものの、全体で見れば実質賃金の低下が続き、労働者の購買力は依然として弱い。

しかし、視点を変えれば、海外の賃金水準が高すぎる可能性も否定できない。OECDデータによると、米国の平均年収は約7万ドル(約1050万円、1ドル150円換算)に対し、日本は約4万ドル(約600万円)と、大きな開きがある。欧州主要国も日本より高い賃金水準を維持している。この差は、米国のIT産業や金融業のような高付加価値セクターの存在が大きいが、同時に物価高や生活コストの急騰を伴う。果たして、こうした「高賃金モデル」が持続可能なのか。日本が追随すべき「正解」とは限らない。

 

生産性、経済指標で測る限界

一つの事例として、北海道ニセコの状況が挙げられる。ニセコは外国人観光客の急増により、ホテルや飲食店の価格が観光客水準に跳ね上がった。地元の飲食店ではハンバーガーが2000円を超え、宿泊費も都市部並みに高騰している。この結果、観光業は高賃金を背景に労働者を引きつける一方、介護や小売といった地元密着型の産業は人手不足に陥っている。2024年の地元調査では、ニセコの介護施設の離職率が30%を超え、求人倍率が2倍に達したケースも報告された。稼げる産業が労働力を吸い上げる構造は、短期的には地域経済を潤すものの、介護や一次産業といった社会の基盤を支える分野を軽視するリスクを孕む。

この構造は、生産性を単純な経済指標で測る限界を示している。農業や漁業などの一次産業は、GDPへの直接貢献度は低いが、食料安全保障や地域コミュニティの維持に不可欠だ。しかし、高賃金を求めて労働力が観光業やIT産業に流れれば、こうした基幹産業はさらに衰退する。国家安全保障の観点からも、食料自給率の低下や地域経済の空洞化は看過できない。日本が海外の高賃金モデルを盲目的に追うなら、こうした構造的歪みがさらに拡大する危険がある。

 

生産性の概念を再定義

では、どうすべきか。まず、賃上げの「下手さ」を克服するため、企業は利益を労働者に還元する意識を高める必要がある。政府も税制や補助金を活用し、中小企業の賃上げを後押しすべきだ。同時に、生産性の概念を再定義し、単なる金銭的効率だけでなく、社会的価値や安全保障への貢献も評価軸に加えるべきである。ニセコの事例は、稼げる産業だけが跋扈する社会の危うさを示している。日本が目指すべきは、賃上げと産業バランスの両立だ。短期的な経済成長だけでなく、長期的な国の安定を見据えた戦略が、今、求められている。

※本記事はフィクションであり、事実に基づくものではありません