ライシャワー事件

記入日:2003/12/03

遂に買ってしまった。これを読む者は、一度は精神に異常をきたすと伝えられる、一大奇書と呼ばれるドグラ・マグラ。上巻を読み終えた今のところ、精神に異常をきたしていないが(笑)、昭和十年にこれが書かれたという驚きは十二分に味わっている。

何に対して驚いているかと言えば、精神病に対しての考え方であり、今で言う開放病棟(似たような発想がある)による治療である。そのことを語るにはまず日本の精神病院の歴史、ひいては昭和39年のライシャワー事件を説明しなくてはいけない(輸血の方の問題はおいておいて)。

ライシャワー事件とは東京・虎ノ門の大使館前で、精神分裂病の青年がライシャワー・アメリカ大使の太ももを短刀で刺した事件のことだ。この事件によりマスコミは精神病患者を危険な存在として報道し始め、犯罪が起こると病気とは関係のない問題であっても、精神病院の通院歴があれば報道するようになった。

ライシャワー事件をきっかけに精神障害者は危険な存在だから、病院をもっと増やして入院させるべきだという論議が起こり、それは精神衛生法の大幅な改正、いや改悪へと繋がった。当時アメリカに大きく依存していた政府は、アメリカへの面子もあってか早期に精神病患者の問題を解決しようと、病院内のスタッフが少なくても病院を運営することを認め、精神病院を新設することを奨励した。

おかげで日本には私立の精神病院が乱立していった。病院の運営経験がない者までが精神病院は儲かる、そんな話に惹かれて病院を作っていった。そのようにして作られた病院はスタッフが少なく、治療もろくに行われることがなかった。だが、危険な精神病者は隔離さえしておけばいいという発想の元、そのことは大きな問題として取り出されることなく、精神病患者は外側から鍵を掛けられる鉄格子窓の部屋に入れられた。

街から精神病患者は消えた

こうして街から精神病患者は消えた。犯罪者に通院歴があると必ず新聞に出る。それが強調されて万人に伝わったので、精神病患者=危険というイメージが植え付けられてしまった。昔は地域の中で普通に生活していた人々が病院の中に隔離されてしまったので、彼らが目に付くのはマスコミでピックアップされた犯罪くらいになった。

病院内では介護員による患者への暴行事件が起こっていた。患者の死亡という最悪の結果でそれは明るみに出て、ようやく精神病院の実態が世間に晒されるようになった。精神病患者を装った新聞記者の入院ルポも大きな反響を呼んだ。

精神病院の問題はそれだけではなかった。治療方法にも大きな問題があった。患者全員に決まった時間に同じ作業を行わせる療法に効果があると、良心的だと言われていた病院ですら行われていたが、それは症状を悪化させて患者の社会復帰を遅くした。また、そんな病院にすら鉄格子の窓があり、外側から鍵のかからない病室は存在しなかった。

その頃、海外では精神病院の存在が見直され始めた。イタリアなどは一八〇号法案という州立精神病院への入院を禁止する大胆な法律が作られた。イタリアの精神病院は州立がほとんどだったので、病院を追われた患者が街中に溢れ始めた。それによってまったく問題が起こらなかったわけではないが、彼らが他の人と何か大きく異なる存在でないことを周りが知る機会となった。そして、患者の「地域化」こそが最大の治療であることを広く知れ渡らせた。その動きはイギリス、アメリカ、フランスなどでも起こった。

日本の精神医療

逆に日本は隔離化を進めていった。他国の精神科医から日本の精神医療は間違っていると指摘されても改善せず、国連で精神医療に問題ありと指摘されても問題はないと認めなかった。閉鎖病棟ばかりで間違った治療が行われ続ける、いや治療すら行われない牢獄は海外の批判を浴び続け、ようやく精神衛生法が変わることになった。だが、中身は何も変わっていなかった。

病院を建てろと促しておいて、いまさら私立が多い日本の精神病院の営業を圧迫することは出来なかったのだ。こうして、日本の精神医療は現状を憂える一部の本当に良心的な医師たちのみによって、正しい治療が実践されていくに至ったが、それは国の医療制度や法人への寄付金からみても困難な道だった。

患者にとっていいこと、それは早く退院できることだ。だが、それは病院にとって収入源をなくすことで、良心的な病院であればあるほど儲からなくなっていた。また、患者が病院にいないと入院費が取れないという制度のため、症状が改善した者の外泊を認める病院は収入が減っていった。だから、患者は閉じ込めておけ、という方針が強くなってしまった。制度的にはあからさまにおかしいものが幾つかあったが、全部あげたらきりがないのでこの辺にしておく。

ドグラ・マグラ

こうして頑張るものが報われないという時代が長く続いた。病院外では精神病患者の家族が起こした偏見や差別をなくす活動が始まり、その忌まわしい歴史は終焉に向かい始めた。と、説明だけで随分と長くなってしまったが、この本が自費出版されたのは昭和十年であり、十余年の歳月をかけた推敲をしてきたというのだから先見性に驚かされる(あの事件の三十年近くも前に)。

奇書というほど、奇妙だとは思わないし、精神に異常をきたすとも思えない。だが、本書の言葉を借りるならば、何をもってしてキチガイと一般人に線引きをするのかという問題がある。その延長線上の考え方をすれば、私もある意味異常をきたしていると言えるのかもしれない……。

参考文献:「心病める人たち」石川信義著 岩波新書

参考文献:「心の病理を考える」木村敏著 岩波新書

堂廻目眩・戸惑面喰

ドグラ・マグラを読み終え、なだいなだ氏の解説に対して「えぇ~?」なところがありますが、何かこう妙なものを読んだなという感じはあります。途中で出てくる歌(狂少女が歌う)が、なんだかサザエさんの歌と同じメロディーに思えてならないのは私だけでしょうか(大きな空を見上げたら~♪のほう )。

内容のほうは上手に説明する自信がないので書きませんが、一度読んだだけでは全てを把握することは出来ない気がする作品です。私自身、どこかまだ理解していないところがあるような……。

 

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