久々の土曜日休み

記入日:2006/12/9

久々の土曜日休みである。これからは毎週休みになるが、半年間にわたって週休一日だったために、この増えた一日の休みの有り難みを感じずにはいられない。週に一度の休みでは、次の日が仕事なので頭から職場が離れない。

ところが、連休だと「明日も休み」だから頭の中から職場が消え、文字通りの完全なる休日となるのだ。そもそも、週一日だと、休み=体力回復の日であって、間違っても何処かに遊びに行く日にはならない。少なくとも、私のような疲れやすい、タフさのない人間には。

で、その休みに何をしたのかと言えば、全体的には演習発表の準備である。今日はレジュメを人数分プリントアウトするために大学に行き、昨日の日記にも書いた彼女と合流して研究室へと向かった。そこで、見たこともないコピー機に四苦八苦しながら印刷をした。

たかだかコピー機に何を苦労して、と思うだろう。何のことはない。マニュアルがなかったので、ソートがどのように行われるのかわからなかったのだ。ソートとは、例えば10枚あるレジュメを5部コピーしようとした場合、通常ならば1ページが5部コピーされた上に2ページ目が5部となるが、40近くある棚の中に1ページ目の上に2ページ目という風に、No.1~5の棚に積み重ねられていく機能だ。

他にも「仕分け」「クラスソート」といったような似た名前があったので困惑してしまった。おまけに、やたらとコピー元のスキャンに時間がかかって散々だったのだ。おかげで、1時間以上かかってしまって、彼女が次の授業に遅れる羽目になった。

この長い作業中、彼女とはいくつか話をした。彼女が以前、別の演習でパートナーとなった人が心の病で来なくなったこと。この大学で心理を学んで院に行こうとしていたら試験で不合格になり、単なるカルチャーセンター通いと一緒だよということ(大学は前に出ているし)。

レジュメの題材だった登校拒否絡みで「いじめ」に関すること。それから製造物責任法に関して(どこで話が逸れたんだ?)、自律訓練法について、彼女が受講している思想・宗教系の講義について(現役時なら感心を持って聞いたけど、今はもう……という内容)。

そんなことを話したのだが、うちに帰ってきて喋ったことを思い出し、いろいろとトチっているけど、自分は彼女にどう思われているだろうみたいなことを少し考えた。まぁ、嫌いな奴に大学院を落ちた話はしないだろうと、そういう結論に至った。

来なかった新人

新入社員が土曜日から来ることを知っていたので、今日もその人が来ているかもしれないと思っていた。採用が決まったのに「~かもしれない」なのは、この会社にはドタキャンがよくあるからだ。残念ながら、この予感は的中してしまった。職場に入った瞬間に、「あっ、いないな」と思った。

後で土日出勤した人に聞くと、「(新入社員が来るのは)気のせいです」と言って笑った後に事情を説明した。ドタキャン社員曰く、「親に実家に戻って就職しろと言われて」だそうだ。たぶん、嘘だろう。大学卒業後、二年間フリーター生活(ほぼニート)をした男だ。土壇場になって怖くなったのかもしれない。ぬるくない業界だから、その恐怖は尚更だろう。

面倒なクレーマー

新人が来た。5年近くパチンコ屋でアルバイトをしていた男で、偶然にも私と同郷らしい。今のところ、取り立てて問題はなさそうな彼である。辞める人が続いた後だけに早く使える人材になってほしいというのが大方の希望だろう。

まぁ、そんな人手不足の影響は私にも及び、遂に電話対応のマニュアルが渡されてしまった。そんな業務は契約に入っていないのだが……(特殊な業界故に、電話対応が面倒くさいから避けていたのに)。クレーム対応に追われている人の隣にいると、その電話を敬遠する気持ちは日々高まっていく。

面倒なクレーマーとしては弁護士がいる。弁護士と言っても、自分で事務所を開いている人と何処かで働かせてもらっている人がいる。それをどうと言う訳ではない。今回の場合、何でもかんでも「法」の人の話である。原状回復の文言があったとして、物件に付いた細かな傷まで「これは何円」って決めていくのか? という話だ。

物には限度がある。現実的な目線で話す必要があるのに、非常識的な範囲にまで法の解釈を持ち出すのは如何なものか。いちいちそんなことをしていては何も出来ないじゃないか。ルールというのは秩序を保つ以上に、効率よく物事を押し進めるためにあるべきだ。それを……。

法を絶対的な正義と信仰しているのかもしれないが、妙な政治家が妙な理由で創り上げたものを、ご熱心にも必要以上に守っていこうとする姿勢には頭が下がる(ため息と同時に下がるだけだが)。まぁ、元借り主が何かやらかして金が必要になり、どこかで出費を抑えないと自分の受け取り分がないのかもしれないがね。

発表後の開放感

演習の発表が終わった。これが終わるまではずっと頭の中にこのことが引っかかっていた。かといって、より深く調べようという気にもなれず、かといって他に物にも打ち込めずの状況が続いていた。なので、終わってスッキリしたというのが素直な気持ちだ。

終わった直後は、みなの前で発表したための高揚感か、それとも終わったでの開放感か、自宅への帰り道で出会う人々みんなに声をかけたいくらいの気分だった(意味不明?)。

なんだか、この後はすべてがうまくいくような錯覚さえ覚えた。思っていたよりも緊張せずに話せたことで、少し自信に繋がったからなのかも、と今になって思う。

 

ランダム・ピックアップ